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義母の仮退院

 ガン治療中の義母が土曜日、1泊だけ仮退院するというので、手伝いがてら久しぶりに会いに行きました。幸い、抗がん剤が効いて経過は良好、仮退院できるほどになったのです。抗がん剤の治療も体質に合っていたらしく副作用もほとんどなく治療できているようです。

 2ヶ月ぶりにあった義母は、すっかり痩せていました。痩せたので、目だけがキョロっと大きく見えました。毎月2回は美容院に行っていた義母(アイパーのショート)、2ヵ月分髪が伸びていて、こんなに髪の長い義母を見たのは初めて。だからなおさら、印象が変わったように見えたのかもしれません。(髪の毛、抜けなくて良かった!) そして、圧迫骨折の影響で、背骨が曲がってしまっていました。私と同じくらいの身長だった義母、すっかり小さくなってしまっていました。

 義母がガンになったと聞いたとき、「あんなに食べ物に気を使い、ウォーキングして健康に気をつけていても、病気の前にはひとたまりもないのだ。」と思いました。だったら、健康に留意するなんて、意味がないじゃないか、と。が。抗がん剤が効果を発揮したのも、副作用も出ずに治療できたのも、もしかしたら今までの生活が良かったのかもしれません。そして、圧迫骨折が直ってリハビリを開始した時、何よりも足腰の筋力があったために、歩行に影響がなかったんです。もし、これが運動不足のジジババだったら、歩けなくなっていたかも。義母自身も、リハビリの時に看護士さんたちに「あら、足腰は大丈夫だわね!」と感心されたことが嬉しかった様子。ちょっと自慢げでした(笑)

 「帰ったら、お昼は○○そば屋のぶっかけソバを食べるの。夜はね、ウナギ!」と、相変わらず美味しいもの好きな義母、この仮退院して何を食べるか、とても楽しみにしていたようです。
 そのそば屋さんは出前をしないので、yanと私でそば屋に行き、作ってもらったそばを運んで持ち帰りました。家族5人でソバを「美味しいね~。」って言いながら食べました。みんながそろって食事出来るありがたみを感じたお昼ごはんでした。義母がおそばを完食したのを見て、こっちも嬉しかった。

 このまま快方に向かいますように。

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息子、エライ!

 本日、部活の県大会があり、RENはその応援のために6時に家を出ることになっていました。

 昨日、青山でミュージカルを見て帰宅した私に「おかーさん、明日、5時おきだからね。」と言うREN。「あと、お弁当ヨロシク。」
母「うん、じゃぁ、起こしてね。」<おい?!

そして、そのまま酔っ払った母は(いや、帰宅の新幹線から既に酔っ払って帰ってきたという話も...)朝ご飯の準備も弁当の準備も頭の中からすっかり消し去り、目覚ましすらかけずに爆睡....。

 朝、マジにRENに起こされました。台所に行って(げげ。何にも準備してないやんけ...)まずはご飯をといでいると、RENに「間に合うの?(自分で時間を見計らって)間に合うか。」といわれる始末...。もちろん、主婦の意地にかけて(笑)朝ご飯食べさせてお弁当持たせて送り出せました。

 自分の迂闊さを反省するよりも、RENの立派さに惚れ惚れ(笑)偉いぞ中一!ダメな母を持つと、息子がしっかりするようです(大爆)

 さて、せっかく早起きしたのに、残念ながら雨。ウォーキングできないので、ビリーでもすっかな(笑)

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地震

 この3連休、お友達家族とお出かけした。目的地は佐渡。しかし、なんだか強烈な台風がやってくるらしい。もし台風が日本海側に抜けたら、フェリーに乗るのは危険(というか欠航するかも)なので、「じゃ、そんときは、富山方面へ(陸地移動の方が安心だよね)」という算段で出かけた。(一緒に行く友達家族っつーのが、ウチの晴れオトコ(yan)も歯が立たないくらいの雨オンナ・雨オトコ夫婦なもんで。)
 土曜の夜は新潟泊。美味しい料理を堪能し、台風進路も逸れたようなので、佐渡へ渡ることに決定。日曜日は佐渡で観光三昧、そして今日は拮抗した末に晴れオトコのパワーが勝った!って青空の下、フェリーが出るまでの時間を両津港(亀有ではない)で釣りしていたところで...揺れた。ラジオをつけると、「地震」「津波」の単語が聞こえてきた。「っ撤収うぅぅぅ!!!」...釣った魚の入ったバケツと釣竿類を放置したまま高台に避難。が、ラジオによると「津波は高いところで50cm。津波は既に到着しているということです。」...「?じゃ、もう戻っても大丈夫???」
 ほとぼりが冷めたと思われる頃、港に戻ってみた(というか、フェリーの時間だったから、戻らないと)。幸い、釣ったアジ達はカモメやカラスやトンビにさらわれることなく、その場にあった。となりで釣りをしていたオジサン達もそのままその場に居た。真面目に避難したのは私らくらいだったようだ(--;)

 フェリーは通常通り運行し、新潟に着いたところで余震を感じた。ずーっとラジオの情報ばかりだったので、実感が湧かなかったが、帰宅してTVを見てビックリ。大変な地震だったのだ。(どおりで、私の行き先を知っていた上司が電話をかけて来たわけだ)高速も仙台方面までは(速度規制があったが)通行可能だったので、不通部分があんなに寸断されているとは想像もしていなかった。
 もし、台風が日本海側に到達していたら、富山に行っていた我々は、帰ってこられなかったかもしれない。

 偶然が重なり私達は無事だったけど、被災した方々のことを思うと...切ない。せめて、ご縁のある方はご無事であって欲しい...。

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